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長野地方裁判所諏訪支部 昭和44年(ワ)4号 判決

原告

清水ミユキ

ほか四名

被告

丸幸精機有限会社

主文

一、被告は、

原告清水ミユキに対し金一九八万四、七五〇円

原告清水博に対し金九一万七、三七五円

原告清水澄夫に対し金九一万七、三七五円

原告清水淳二に対し金九一万七、三七五円

原告清水みどりに対し金九一万七、三七五円

並びに右各金員に対し昭和四四年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告は、原告清水ミユキに対し金三五三万五、四七二円、原告清水博、同清水澄夫、同清水淳二、同清水みどりに対し各金一五八万六、六八六円並びに右金員に対する本訴状の送達の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、訴外清水光弘(以下、亡光弘という。)は、次のごとき交通事故により、頭蓋内血腫、脳挫傷等の傷害を受け、これが直接の原因となつて、事故の約一一時間後に、市立岡谷病院で死亡した。

(一)  発生の日時 昭和四三年一〇月九日午後一二時五五分ごろ

(二)  発生の場所 岡谷市長地字舛田西九四九の五番地

県道 岡谷―下諏訪線

(三)  加害車輌 普通貨物自動車(松本四に一〇八六号)

運転者は訴外宮坂寛

(四)  被害車輌 自動二輪車(原付)

運転者は亡光弘(当時五〇年、平均余命二二・三九年)

(五)  事故の態様 右場所において、農道から県道を横断しようとした被害車輌と、岡谷方面から下諏訪方面へ進行中の加害車輌とが衝突したもの

二、責任原因

被告は、加害車輌を自己のために運行の用に供していたものであり、自動車損害賠償保障法第三条に基き、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

三、損害

(一)  亡光弘の損害は、合計金一、四五六万三、七七四円である。

(イ)  財産的損害

(1) 給与、賞与の逸失利益

亡光弘は、岡谷市役所に一八年間地方公務員として勤務していたものであり、死亡当時毎月本俸六万二、四六六円(岡谷市行政職給料表四等級二一号)、扶養手当二、〇〇〇円(妻一、四〇〇円、一子六〇〇円)、諸手当(特殊手当四〇〇円、暫定手当五三二円)の合計金六万五、三九八円の給料(通勤、当直、超勤の各手当を除く)を受取つていた。

同人の家族構成、家族の年令等を勘案して、同人の生計費は右収入の二割五分相当を要したと考えられる。

亡光弘の平均余命は前記のとおりであり、政府の自動車損害賠償保障事業算定基準によれば、今後一三年間就労することが可能であり、少くとも満六〇年までは、岡谷市役所に勤務することが可能であつた。ところで同市役所の行政職給料表によれば、毎年二・四%の定期昇給が見込まれており、同時に、人事院勧告による国家公務員の給料改訂(いわゆるベースアツプ)にスライドして給料改訂が行われ、現に亡光弘は、昭和四三年度人事院勧告により八・二八%の給料改訂を受けた。

亡光弘は、死亡前一年間に、賞与として月額本俸の五・二八四か月分を受取つていたので、今後とも定期昇給、給料改訂等による給与月額の同率分の賞与を受領するものである。

ただ、亡光弘の扶養手当のうち、子供の分は死亡後四年一〇か月で満一八年になるので、減額する。

以上の各事項を考慮して、同人が今後受領したであろう給料等の総額は金二、〇四三万八、二六三円であり、これより生計費を控除した純利益は金一、五三二万九、三〇三円であつて、これをホフマン式計算法に従い、民事法所定の年五分の割合によつて中間利益を控除した現在値は金一、一五六万二、二二二円である。

(2) 退職金の減収による逸失利益

前記(1)の各事項を基礎にすれば、亡光弘は、一〇年後の退職に際して、金五七六万三、八七〇円の退職金を受領する筈であつたところ、同人の死亡に際して、原告等は金一七六万一、五四一円の退職金を受領したので、金三〇〇万二、三二九円の損害を受けたことになり、これを前記(1)と同様にホフマン式計算法に従い、民事法所定の年五分の割合によつて中間利息を控除した現在値は二〇〇万一、五五二円である。

(ロ)  慰藉料 金一〇〇万円

(ハ)  亡光弘に関する権利の承継

原告清水ミユキは亡光弘の妻、原告清水博は長男、原告清水澄夫は二男、同清水淳二は三男、原告清水みどりは長女である。よつて、原告清水ミユキは三分一、その他の原告は各六分の一の相続分を有し、これに応じて、いずれも亡光弘の損害賠償請求権を相続した。

(二)  各原告の損害並びに慰藉料

(イ)  原告清水ミユキにつき

(1) 葬儀費用 金三六万二、一〇〇円

(2) 慰藉料 金一〇〇万円

(ロ)  原告清水博、同澄夫、同淳二、同みどり

慰藉料 各金五〇万円

(三)  慰藉料発生の特記すべき事項

亡光弘は、戦後の困難な世相の中で、四人の子供をもうけ、今日まで養育し、さらに今後数年間は、子供の養育をなす責任があり、また将来を楽しみにして、幸せな生活を送つていた。原告等は、一瞬にして、右のような亡光弘を失いその悲しみは筆舌につくし難いものがあり、社会生活においても、家庭生活においても重大な打撃を受け、今後の社会、経済生活等の面に大きな負担となるに至つた。

四、前記損害のうち、原告等は、自動車損害賠償保険金として金三〇〇万円の支払を受けた(各相続分相当額は、原告清水ミユキが金一〇〇万円、その他の原告が各金五〇万円である。)

五、結論

よつて被告に対し、原告清水ミユキは金五二一万六、六九一円の、その他の原告は各金二四二万七、二九五円の損害賠償請求権を有するのであるが、右各金員の内金として、原告清水ミユキは金三五三万五、四七二円、その他の原告は各金一五八万六、六六八六円およびこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴請求に及んだものである。

と述べ、

被告の主張に対する答弁として、

一、過失相殺につき、

(一)  訴外宮坂の運転する車輌の速度が時速七〇キロメートルであつた。これ以下の速度であつたとすれば、双方の車輌の距離や見通し状況からみて、亡光弘は十分右折を完了しており、本件事故が発生しなかつものである。

(二)  訴外宮坂の車輌の速度が時速七〇キロメートルとすれば、訴外宮坂が、その供述するように亡光弘が一時停止しているのを発見した地点(交差点より約四八メートル)、亡光弘が交差点に進入したのを発見した地点(交差点より約二六メートル)を前提にしても、その間の時間は一・一秒しかなく、そうだとすれば、訴外宮坂は亡光弘を発見してから一・一秒後に同人が同交差点に進入したのを目撃したことになり、しかも訴外宮坂はまだ大丈夫だと思つて、法定速度を超える時速約七〇キロメートルのまま若干進行したのであつて、かかる無謀な運転が亡光弘を死亡せしめたのである。

(三)  訴外宮坂の進行した道路が明らかに広い道路であり、同人に優先通行権があつたか否かも相互の車輌の距離関係を無視して論ずべきものではない。訴外宮坂は、亡光弘が交差点の手前で停止しているのを発見した位置は、同交差点より約四八メートルの手前であつたのであるから、亡光弘が十分右折する余裕があると判断して、同交差点に進入することは予測できたし、また予測すべきである。

また、亡光弘は、本件の交差点において、右宮坂の運転する車輌が進行して来るのを見た筈であるが、その距離が右のように四八メートルもあれば、右折する時間的余裕が十分あると判断して進入したものと思われ、加害車輌が七〇キロメートルの速度で進行してくることは、これを予見する必要性もないし(信頼の原則)、また現実に加害車輌の速度を判断しにくい位置にあつたのである。

(四)  以上のとおり、訴外宮坂は、本件交差点の手前四八メートルの地点で、亡光弘が一時停止しているのを発見しており、同人が十分右折しうる余裕があるものと判断して、進入してくるのを予測できた筈であるから、その動静に注意し、警音器を鳴すとともに減速徐行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と七〇キロメートル以上の速度で進行し、亡光弘が交差点に進入したのを発見した後も、さらに同一の速度で進行し、危険を感じた後も何らハンドル操作もせず、単に急制動の措置をとつたが間に合わず、衝突地点より一〇メートル以上も進行して、やつと停止したものであつて、その過失は重大である。よつて亡光弘が交差点に進入したことに何ら過失はなく、本件は、ひとえに訴外宮坂が時速七〇キロメートルという高速度で漫然と進行したための事故というべきである。

二、年金の控除

(一)  地方公務員等共済組合法に基く年金について

同法の目的、制度の趣旨によれば、亡光弘が健康で岡谷市役所に勤務して、退職した場合にも、同法が適用されて、同人の死亡まで年金が支給されるものであるから、たまたま交通事故によつて、同人が死亡した本件においては、年金の支給時期が早められただけで、しかも健康で勤務、退職した場合よりも低額になつたのであるから、このような年金を損害額から控除すべきものではない。

(二)  地方公務員災害補償法に基く年金について

同法によれば、例えば公務上死亡した者の配偶者が、その死亡するに至るまで、受給資格を有するとされているが、いつ死亡するか不確定なものを、長期にわたつて生存するものとして、その支給額を控除するなどというのは、全く不合理である。

かりに控除されるにしても、地方公務員等共済組合法の諸規定からして、その控除額を全額とすべきものではない。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、

一、請求原因に対する答弁として、

(一)  同第一項(本件事故の発生、態様、その結果等)、第二項(責任原因)の事実は認める。

(二)  同第三項の事実(損害の発生とその額)は不知。

ただ、次の事項を考慮すべきである。

(1)  亡光弘の収入については、毎月の手取給与額によるべきであり、生計費は、消費単位指数等を考慮して、収入額に対する一定の割合を生活費とするのが相当で、本件の場合、原告清水博、同清水澄夫には当時収入があつたので、亡光弘の生活費の算定にあたつてはこれを除き、消費単位数本人一・〇、配偶者〇・八、三男・長女各〇・五の合計二・八となり、本人の生計費の率は〇・三五七である。

(2)  給与、賞与等につき、昇給分の逸失利益を主張するのは不当である。これを認める場合は、昇給の実現、昇給率に合理的な疑いを容れない程度に確実性が肯定される場合でなければならないところ、岡谷市の財政上から将来昇給を制限することも考えられ、また亡光弘の勤務成績によつて、これが延長されることもあり、本件において、同人が定期昇給する蓋然性があるとは言えない。

また、亡光弘の給与、賞与等につき、人事院勧告による国家公務員の給与改訂(いわゆるベースアツプ分)にスライドすることとし、その分を考慮して逸失利益を算出するのも不当である。

(三)  同第四項(損害填補)の事実は認める。

二、被告の主張として、

(一)  過失相殺

(1)  本件事故現場は、岡谷市方面から諏訪市方面に通ずる幅員七メートル(舗装部分は四・六メートル)の平坦な直線の県道と、右道路から北側に幅員三・四メートルの農道(非舗装)がT字型に交差する、見とおしのよい、交通整理の行われていない交差点である。

(2)  被告会社の従業員である訴外宮坂は、本件事故の当日の昭和四三年一〇月九日午後零時五〇分ごろ、普通貨物自動車を運転して、時速約六〇キロメートルで岡谷市方面から諏訪市方面に東進中、、前記交差点から約四八・六五メートル手前附近で、亡光弘が自動二輪車(原付)を運転し、前記農道を北側から進行して来て、同交差点入口で停止するのを認め、さらに交差点から二六・六五メートル手前附近で、亡光弘が停止地点より一・二メートル前進したのを認めた。

(3)  しかし、訴外宮坂は、亡光弘の進行して来た農道の幅員よりも、これを交差する県道の幅員が明らかに広いものであるから、亡光弘の自動二輪車に優先して交差点を進行することができ、亡光弘の車が前記のとおり停止していたので、訴外宮坂は無事進行しうるものと信じて、そのままの速度で交差点に差しかかつた。

(4)  ところが、訴外宮坂が四・八メートル前進し、右交差点の約二二・二五メートル手前に差しかかると、亡光弘が徐行して進入して来たので、急ブレーキを踏んだが、間に合わず、前記停止時点から二・五メートル南側の交差点において、訴外宮坂の自動車の前部と、亡光弘の車の右側中央部とが衝突した。

(5)  本件事故は、訴外宮坂が、亡光弘の車が農道入口で停止していた間に、その進行を妨げることなく通過しうるものと誤信して、進行した過失によるものであるが、一方、亡光弘は、本件現場が見とおしのきく、交通整理の行われていない交差点であり、かつその進行していた農道の幅員が狭いので、右県道を通過する車の進行を妨げてはならず、またそのまま交差点に入ると、訴外宮坂の自動車と衝突することを予測できたにもかかわらず、亡光弘は、交差点の入口北側で一旦停止したが、目測を誤り、訴外宮坂の自動車が近づくのに、のろのろと進行した亡光弘の重大な過失に基因するものである。

よつて、亡光弘に対し少くとも六割以上の過失相殺が相当である。

(二)  年金等の控除

原告等は、訴外光弘の死亡により、地方公務員等共済組合法の規定に基き、毎年(年額)遺族年金として金一二万六、一六四円の給付を受けており、そのほか、地方公務員災害補償法の規定に基き、遺族補償年金として昭和四三年一一月から昭和四四年七月まで金三三万六、九六八円を、昭和四四年八月から昭和四六年九月まで金二九万四、八四七円を、昭和四六年一〇月から金二五万二、七二六円の割合による年金(いずれも年額)を受けることが明らかであり、かつ同法の規定により、右年金を給付すれば、右組合等が、原告らの被告に対する損害賠償請求権を取得することも明らかであるから、右各年金を本件損害賠償額から控除すべきである。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項の事実(本件事故の発生、態様、その結果等)は当事者間に争いがない。

二、責任原因

被告が、訴外宮坂の運転していた加害車輌を、自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は、亡光弘および原告等の損害を賠償する責任がある。

三、過失相殺

〔証拠略〕によれば、次のごとき事実を認めることができ、これに反する証人宮坂寛の証言の一部は、右各証拠に対比して措信しない。

本件事故現場は、国鉄中央線下諏訪駅から西方へ約一キロメートル隔てたところで、岡谷市方面から諏訪市方面に通ずる総幅員約七メートルの平坦な直線の県道(中央の四・六メートルの部分がアスフアルト舗装で、両端には各一・二メートルの非舗装部分となつている。)と、同県道から北側に通ずる幅員約三・四メートルの非舗装の農道とがT字型に交差する交差点であつて、同交差点は互いに見とおしの極めてよい交通整理の行なわれていないところである。

被告会社の従業員である訴外宮坂は、前記の加害車輌を運転して、右県道を岡谷市方面から諏訪市に向けて、時速七〇キロメートルの速度で進行して、同交差点に差しかかつた際、同交差点の右斜前方約四八メートルの地点で、前記農道から自動二輪車を運転して来た亡光弘が同交差点の直前で一時停止しているのを認めたが、同人がそのままの状態で停止してくれるものと軽信し、前記速度で進行し、同人と約二六メートル付近まで接近したところ、右農道から同交差点に右折進入し始めた亡光弘の自動二輪車を発見し、なおも大丈夫だと判断して、前記速度で継続して進行したが、その直後、危険を感じて急制動を講じたものの、間に合わず、自車を亡光弘の運転する自動二輪車に衝突させたものである。

右事実からすれば、訴外宮坂は、前記交差点の直前で一時停止していた亡光弘の動静を十分に注視し、その動向如何によつて適確な措置を講じられるように、減速または徐行して、その安全を確認しながら、その前方を通過すべき注意義務があるのにもかかわらず、これを怠たり、前記の高速度(時速七〇キロメートル)のままで、亡光弘の前方を漫然と進行しようとした過失により、本件事故を発生させたものである。

そうして、亡光弘は、前記のとおり、幅員の狭い道路から広い道路と交差する本件交差点に進入するのであるから、一時停止した後においても、同交差点に進入するに際し、その進行する車輌の有無等は勿論のこと、その位置、速度、情況等に基き、左右の安全を確認すべき注意義務があるのにかかわらず、その確認の不十分さが本件事故の一因をなしているものと考える。

従つて、亡光弘の右過失は、本件事故の損害額の算定につき斟酌しなければならない。そして、双方の過失の割合は、訴外宮坂(被告側)において六、亡光弘において四と認めるのを相当とする。

四、損害

(一)  亡光弘の損害

(イ)  財産的損害

(1) 給与、賞与の逸失利益

〔証拠略〕によれば、亡光弘は大正七年一月一三日生れで、昭和一一年に自動車の運転免許を取得し、昭和二五年一月ごろ、長野県岡谷市役所に自動車運転手として就職し、昭和三六年一月ごろまで、主として市長専用車の運転に従事し(その間、交通安全協会から無事故運転の表彰を受ける。)、その後同市役所市民課に移り、昭和四一年一一月から同税務課に配属され、同課諸税係主任を担当し、本件事故に遭遇した当時、五〇才の普通健康な男子で同課市民税係主任として勤務していたこと、当時亡光弘は同市行政職四等級二一号に格付けされていたので、同人の死亡前の平均一か月の給与は、少くとも通常の諸手当を含み金六万五、三九八円であつて、これを逸失利益の算出の基礎にするのを相当とするところ、同人に対し年四回の賞与が支給され、これが年合計で右給与額の五・二八四か月分であつて、そのうえ、同市役所ではこれまで毎年職員に対し定期昇給を実施し、今後とも継続してこれをなすことが期待できるところ、これまでの亡光弘の勤務態度、勤務成績並びに出勤状況等が良好であつたところからして、同人は今後とも順調に昇給し得たことが認められ、その昇給は、亡光弘の格付けされていた等級の段階では約二・四七パーセントであることが認められる。以上を亡光弘の逸失利益の算出にあたつて考慮するのを相当と解すべきところ、前記認定のとおり亡光弘は死亡当時五〇才であつたから、前掲各証拠によれば、岡谷市役所には退職の優遇条例はあるが、停年制もなく、現に七〇才位の人でもなお勤務しているほどで、亡光弘の今後就労可能年数は、事故後なお一〇年をくだらないことを認めることができ、そして右各証拠を総合して、同人の生活費として右収入の三割を超えないものと認めるのが相当である。

以上を総合して、亡光弘の逸失利益を算出すると、別表のとおり亡光弘の一年目の年間給与は金七八万四、七七六円(一円未満切捨、以下同じ)、賞与は金三〇万四、一〇〇円で、一年目の総収入は右の合計金一〇八万八、八七六円となり、これから前記の率(三割)による同人の生活費を控除すれば、金七六万二、二一四円となる。さらに右一年間の年間総収入額から民法所定の年五分の割合によるホフマン方式に従い中間利息を控除すると金七二万五、九一八円の金額となる。

そうして、以下右の如き計算方法と昇給等に従い、第二年目以降第一〇年目までの各年間につき、それぞれ年間総収入を算出したうえ、同じ方法でもつて、亡光弘の生活費と年五分の割合による中間利息を控除すれば、別表「現在値」欄記載のとおりの金額となり、これを合計して、その一〇年間の総金額は金六七二万一、一四八円となる。

さらに、前記三で検討したように亡光弘の過失を斟酌すると、右金額の六割にあたる金四〇三万二、六八八円を被告に負担させるのを相当とする。

(2) 退職金の減収による逸失利益

前記(1)に認定した事実のほかに、前記(1)に掲記した各証拠並びに〔証拠略〕によれば、亡光弘は、前記認定のとおり本件事故後、なお一〇年間勤務することができるのであるから、一〇年後の同人が六〇才まで岡谷市役所に勤務して普通退職したとすれば、亡光弘は同市役所における勤続年数が合計二八年間となることが認められるので、前記のとおり昇給等を考慮して同人の一〇年後(退職時)の給料は、別表のとおり、同表一〇年目の「月額給与」欄記載の金八万一、四五三円であるので、岡谷市職員の退職手当に関する条例第四条第二項により算出すると、同人が二八年間勤続して、一〇年後に受領すべき退職金は金二九四万四五三円となるところ、右金額より、原告等がすでに亡光弘の退職金として受領したことを自認する金一七六万一、五四一円を控除すると、金一一七万八、九一二円となる。そうして右金額から年五分の割合による中間利息を控除すると金七八万五、九四一円となるが、亡光弘の前示の過失を斟酌すると、右金額の六割にあたる金四七万一、五六四円を被告に負担させるのを相当とする。

(3) 原告等は、給与、賞与、退職金等につき、ベースアツプ分の逸失利益を主張するが、右ベースアツプは、もともと経済変動等に伴い賃金を上昇させるものであつて、その分が実質賃金の上昇をもたらすものではなく、かつことの性質上その蓋然性は昇給に比較して少いものと言うべきであるから、これを逸失利益の算出にあたつて、考慮するのは相当でないものと解する。よつて、この点に関する原告の主張は採用できない。

(ロ)  慰藉料

前記に認定した各事実並びに当事者間に争いのない事実、その他諸般の事情を斟酌し、亡光弘の精神的苦痛を慰藉すべきものとして、金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(ハ)  権利の相続

本件事故により生じた亡光弘の前記(イ)、(ロ)の損害額の合計が金五五〇万四、二五二円となるところ、〔証拠略〕によれば、原告清水ミユキは亡光弘の妻、その余の原告はいずれも亡光弘の子で、すなわち原告清水博は長男、同清水澄夫は二男、同清水淳二は三男、同清水みどりは長女であることが認められるから、原告清水ミユキは三分の一、その余の原告は各六分の一の損害賠償請求権を相続し、その額は、原告清水ミユキが金一八三万四、七五〇円、その余の原告が各金九一万七、三七五円であるということができる。

(二)  原告清水ミユキの負担した葬儀費用

〔証拠略〕によれば、亡光弘の葬儀のために合計金三六万二、一〇〇円を支出したことが認められるが、右金額のうち金二五万円の限度で本件事故と相当因果関係にあるものと認め、これに亡光弘の本件事故における過失の割合を考慮して、右金額の六割にあたる金一五万円を被告に負担させるのを相当とする。

(三)  原告等の慰藉料

原告等と亡光弘の身分関係は、前記(一)の(ハ)に認定したとおりであり、亡光弘を一瞬にして失つたことによつて、原告等が多大の精神的苦痛を受けたことは推察に余りがあるところ、本件事故における亡光弘の前記過失、その他諸般の事情を斟酌して、慰藉料の額は、原告清水ミユキにつき金一〇〇万円、その余の原告につき各金五〇万円とするのが相当である。

五、損害の填補

(一)  原告等は、強制賠償責任保険から金三〇〇万円を受領し、これを前記の相続分に応じて、原告清水ミユキが金一〇〇万円を、その余の原告が各金五〇万円をそれぞれ前記損害額に充当したことは、当事者間に争いがないから、原告等の各損害合計額から右金額を控除すべきものである。

よつて、第四項によつて認定した各原告等の損害合計額から、これを控除すれば、その金額は、原告清水ミユキにつき、金一九八万四、七五〇円、その余の各原告につき金九一万七、三七五円となる。

(二)  被告主張の各年金控除について

(1)  地方公務員等共済組合法に基く遺族年金

原告清水ミユキが、本件事故で亡光弘が死亡したことにより、同法の規定に従い、遺族年金として年額金一二万六、一六四円の給付を受けていることは、証人鮎澤昭吉の証言によつて、これを認めることができる。

ところで、損益相殺とは、加害行為によつて被害者側に損害を与えたほかに、利益をも生ぜしめた場合に右利益を損害額から控除すべきであり、これが要賠償額となるというのであるが、右「控除されるべき利益」とは加害行為と因果関係にあり、かつ損害を直接的に填補する性質のものでなければならず、かつその判断にあたつては、損害賠償の目的と当事者双方の衡平を斟酌すべきものと解するところ、同法は、その第一条に示すごとく、地方公務員の病気、負傷、死亡等に関し適切な給付を行なうため、相互救済を目的とする共済組合の制度を設けて、地方公務員および遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与する目的で制定され、そうして、地方公務員の在職中および退職後から死亡まで適用されるもので、健康でとどこおりなく勤務して退職した場合にも勿論のこと、当該組合員に対し支給の対象になるものである。また本件においてこれに基く遺族年金は、亡光弘が加入していた共済組合から遺族に支給されるもので、もともと亡光弘の負担部分(掛金)があつて、実質的にはいわゆる対価的性質を有し、右遺族年金が必ずしも加害行為と因果関係にあるものとは言えず、かつ損害を直接に填補する性質または目的としているものではないと解するのが相当であるから、損益相殺を認めるべきものではない。よつて、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

(2)  地方公務員災害補償法に基く遺族補償年金

〔証拠略〕によれば、原告清水ミユキは、同法の規定に従い、遺族補償年金として、昭和四三年一一月から年額金三三万六、九六八円の、昭和四四年八月からは年額金二九万四、八四七円の、昭和四六年一〇月以降は年額金二五万二、七二六円の各支給を受ける予定になつていることが認められ、同法の目的並びに諸規定からして、右遺族補償年金は、叙上掲示のとおり、損益相殺の対象となる「控除すべき利益」に該当する。すなわち、右年金は加害行為と因果関係にあり、かつ実質的に被害者またはその遺族に対しその蒙つた財産上の損害等を直接的に填補する性質を有するものと解するのが相当であるから、原告らが、右のごとき年金を受領したとすれば、その限度額において、これを損害額から控除すべきものと考える。

しかし、〔証拠略〕によれば、本件において、原告等は、すでに受領した自動車損害賠償保障法による強制保険金三〇〇万円が、その七割につき災害補償とみなされて、これの支給が停止されており、現段階(弁論終結時の昭和四六年三月一日現在)において、原告等は同法に基く遺族補償年金を全く受領しておらないし(受領したと認める証拠がない。)、かつ将来、原告等が支給を受けるであろう(予定)金額を、現時点で受領したもの(基金が求償権を取得したもの)として、損害額から控除するのもまた相当でないものと解するべきであるから、結局、遺族補償年金についても、原告等に対し控除するものがないことに帰し、被告のこの点に関する抗弁も理由がない。

六、以上の理由により、被告は、原告清水ミユキに対し金一九八万四、七五〇円、その余の各原告に対しいずれも金九一万七、三七五円およびこれに対する訴状送達の翌日が記録上明白な昭和四四年一月二四日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払う義務があることが明らかであり、原告等の本訴請求は、右の限度で理由があり、その余はいずれも失当である。

よつて、原告等の本訴請求中、理由のある部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野口頼夫)

別表

〈省略〉

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